SERIES
これ以上は書けない。

by服部静明

ダイエー跡地の「奇っ怪」
都心の600坪を2年間放置した「元凶」

 サカエダイエー跡地。
 名古屋市中区栄3丁目。
 広小路通りから南へわずか入ったところ。丸栄が東側に、北側には丸善と明治屋の入ったビルがある。
 名古屋の一等地であることに間違いはない。その一等地約600坪。しかも地形は美しい四角形だ。
 こんな土地なら、すぐに動く。動いて、新たな企業が手を挙げる…と、誰もがそう信じていた。一昨年、ダイエー撤退の話題が巷間口端にのぼったときには、誰しもそう考えていた。 
 ところがある日、わたしの仲の良い友人が、この土地を「買いたい」と云ってきた。もちろん当人が買うというわけではないが、ともかくこの土地が欲しいというのである。土地売買が成立すれば、当然友人にはカネが転がり込む。「だから、なんとしてでも7月一杯は記事にしないでくれ」。
 そう嘆願された。もちろん見返りはある。知られざる情報の明示である。隠し事なく、わたしに手の内を明かす。その条件で、わたしは記事を書くことを止めていた。
 だがしかし、この記事が掲載されるのは8月25日発行の9月号。友人との友誼に齟齬を生じない期限である。誰にも迷惑はかからない。だから、書く。
 この土地は名古屋商業という会社が昭和45年に購入した。そうして、現在まだ残っている地下2階地上10階建てのビルを翌46年4月に完成させた。
 ダイエーが一棟ごと丸借りしたわけではないが、このときダイエーは保証金以外に「建築協力金」という名目で約10億円を名古屋商業に託している。
 その後、この土地を担保に名古屋商業はなんどとなく複数の銀行から融資を受けている。この借入金合計が15億円とも25億円とも云われているが、確証はない。
 当時建設を請け負ったのは竹中工務店だった。だから、ダイエー撤退直後は「全て竹中さんに任せてあります」というのが名古屋商業側の回答だった。
 事実、竹中からは「現在、複数の相手先と交渉しており、3月頃には決まると思います」といった前向きなコメントさえ得られたのである。
 そんなとき、地元紙の中部経済新聞が「ダイエー跡地は大和ハウスが再開発」とすっぱ抜いた。この特ダネをものにしたのは同紙でも名を知られる若き敏腕記者Y君だとされる。
 この話の出元はどこか。
 かつてダイエー栄店が24時間営業をすると公表した際に、この話を粉砕した商店街組織のことを思い出して欲しい。Y記者は商店街組織の重鎮と懇意にしており、多分ネタもとはこのあたりだろう…ということでわたしも納得したのだが。
 ところがだ、夏には着工か、と見られていたこの大和ハウス系によるダイエー跡地進出は、どうやら頓挫した。年が明けても一向に進展しないのだ。
 これは妙である。新聞記事となり、当時は小誌も取材を行い「出店する」との意向を名古屋商業、大和ハウスの双方から確認を得ている。
 さて、ここで再びわが友人の登場だ。彼は断言した。「服部さん、大和ハウスの話は飛んだよ」。
 ここにもうひとり、わたしの古くからの友人がいる。彼は大和ハウス側とのパイプを持っている。「バカ云っちゃいけない。大和はすでに正式契約書も準備して、あとはハンを捺すだけの状況だ…」。
 両者の言い分は真っ向対立している。正しいのはどちらなのか。だかしかし、このとき、正確には平成18年の春のことだが、すでに名古屋商業では、「暗部闘争」が始まっていた。暗部の闘争とは、近親者による財産を巡る戦いである。
 この土地、一体どうするのか。売るのか、貸すのか。莫大な借金はどう返済するのか。
 それまで名古屋商業は小川勲・洋の兄弟が代表取締役だった。それが昨年5月、勲氏が代取を解任され、ここから同社の骨肉の争いが始まった。訴訟が重なり、10月になると洋、洋子、小倉浩二の3役員の職務執行停止命令が名古屋地裁から出された。役員全員が職務執行停止になっては会社は何もできない死に体となる。で、そのかわりに裁判所は堀龍之氏ら4名を職務代行者として選任した。職務執行の停止と代行者の選任は同日付けである。
 これが昨年の10月。
 小誌は旧来の役員である小川勲氏に取材を申し入れるが音沙汰なし。となれば、例え執務代行者であれ、代表権を与えられた堀龍之氏に話を聞くのが常套手段である。
 6月末、堀氏の勤め先である丸の内総合法律事務所に連絡を入れる。質問状が欲しいと云うから、14の質問を列記した質問状をFAXで送った。
 裁判所からの選任とはいえ、職務代行者達は会社から役員報酬を得ている。彼ら4人の弁護士の報酬原資がなんであるのかは不明である。なぜなら、名古屋商業という会社はその収入のほとんどをこの栄3丁目の土地賃貸料から得ている。加えて、巨額な借入金がある。その利息返済もある。
 こうした企業としての収支に対して、4人の弁護士は責任を負うはずだ。
 …などといった一連の質問を列記したが、7月27日、わたしからの電話に出た堀弁護士は取材を拒否した。
 「取材はお断りします。これはわたし一人の一存ではなく、役員会で決めました。全員が弁護士ですが、以前マスコミに書かれたとき誤解を招いたから、今後一切マスコミには出ないことに決めました」と堀先生は、お答えになった。
 マスコミ対応しないと云うことは、触れられては困ることがある場合と、自分が状況を把握していなくて何も応えられない場合、そのどちらかというケースがほとんどだ。
 つまり、彼ら職務代行者は、会社の根幹を揺るがすような決定を求められても決定する勇気がなく、ま、それは当然だ。責任を問われることが自明なので、重要な決定事項は自分たちが職務を解かれてからにししてくれ、というのが本音であろう。
 ともあれ、この弁護士団による臨時の役員たちでは、600坪の土地の去就を判断しないし、借金返済もままならないと云った状態なのであろう。二進も三進も行かないというところなのだろう。