SERIES
中部の新進企業
パブリック・ハーツ
社会的合意形成の支援で心豊かな社会づくりに貢献

 例えば、ある公共事業を巡って行政と住民の間で利害が対立する。そんなときに両者の利害を調整し、合意を形成するまでのプロセスを手助けする仕事があることはあまり知られていない。アメリカなどでは一般的になっているこの業種。それを日本でも根付かせようと活動しているのが「パブリック・ハーツ」だ。

 「パブリック・ハーツ」(本社/名古屋市中川区)は、今から2年前の2006年6月、岐阜大学発のベンチャーとして設立された。
 同社の代表取締役である水谷香織社長が社会的合意形成の支援という耳慣れない業種の会社を設立しようと決めたきっかけ。それは彼女が高校生の時に話題になったある公共事業が発端だ。
 「長良川河口堰を巡る問題が騒がれてるころでした。そのときに、なぜ住民のためのはずの公共事業がこんなに問題になるのか疑問に思ったことがはじまりですね」
 その後、岐阜大学に進学して土木工学を修めた水谷社長。専門的な勉強をしていくうちに、アメリカやカナダには公共事業をはじめとした大規模な工事などの際に、行政と住民の間に立って話し合いを円滑に進めるための役割を果たす仕事があることを知る。水谷社長が「パブリック・ハーツ」を設立しようと決めたのはこの頃のことだ。
 博士課程を卒業後は研究員として大学で研究を続けながら、会社設立のための準備を進めた。アメリカのMITに短期留学して起業のためのノウハウを勉強し、自治体の行政委員などを務めることで現場の経験を積んでいく。
 「当時の日本では、大学の専門分野で社会的合意の形成を研究しているところはほとんど無かった。だから知識や経験を積むために、NPOをはじめいろんなところに出向いて勉強しました」
 そうして3年間を研究員として過ごし、ようやく「パブリック・ハーツ」の設立にこぎつけたというわけだ。
 ここで同社の主な業務内容である社会的合意形成の支援とは具体的にどのようなことを指すのかについて、改めて触れておきたい。先進的な事例として、1980年にアメリカのボストンで実際に行われた合意形成のプロセスを紹介しよう。当時、ボストン湾に汚水処理の施設を建設しようという公共事業計画が持ち上がった。この時行われた手法は、合意形成のために積極的な市民参加を促し、徹底した情報公開を実施。その公開された情報をもとに、懸念事項や問題点を一つ一つ提起し、それに対する解決案を提示していくことで合意を図るというものだった。
 例えば、工事のために大型車両が道路を頻繁に走るようになると困るという意見には、資材を船で運ぶようするといった具合だ。こうして住民の不安を最小限にまで抑えることで工事は無事に実施され、建設側も施工期間が短くなったことで建設費用が安くなり、訴訟リスクも回避できるなど両者にとってメリットのある結果になった。
 「社会的に弱い立場にいる人に過度な負担がかからないようし、個人と社会の両者がwin−winの関係になる手伝いをする。こういう仕事があることをもっとたくさんの人に知ってもらいたい」と水谷社長がいうように、現在の課題は知名度の向上だ。社会的合意形成の支援という考え方や姿勢はもちろんのこと、そのための技術や方法論などもまだまだ知られておらず、誤解を招くことも多い。利害が激しく衝突する現場では、怒鳴られ責められることもあるという。また、専門的な知識を持つ人間が少ないため、人材の確保や育成にも苦労しているそうだ。こうした問題は少しずつ成功事例を積み重ねていくことでしか、乗りこえる道はないのだろう。
 「社会全体の課題を社会全体の合意で進めていく。それが当たり前になる日がくるかどうかはわからないが、人生をかけて向かい合っていきたい」と話す水谷社長。その夢が現実となる日まで、彼女の挑戦は終わらない。