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愛知県議会議長 |
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平成20年5月、愛知県議会議長に就任。昭和8年生まれ、75歳。昭和29年3月、愛知学院短期大学商学部商学科卒業。昭和54年1月〜昭和61年1月、県会議員秘書。昭和62年4月〜現在、愛知県議会議員(当選6回)。自由民主党愛知県議員団政務調査会長、愛知県監査委員、名古屋港管理組合議会議長等を歴任。 |
| [出身] | |
| 一宮市大志。 | |
| [会派] | |
| 自由民主党。 | |
| [親子二代] | |
| 父親も県議会議員をしておりましたので、私は二世議員ということになりますね。政治家になるつもりは全くなく、学業を終えてからは繊維関係の父親の会社を引き継いだり、自ら会社を興したりなどしていました。昭和54年から仕事の傍ら事務所の手伝いをさせられたのが県議会議員秘書ということに。昭和61年2月に父が他界する直前、正月の後援会の集まりで正式に後継者として発表されました。以来県議会議員当選6回、長い政治家人生となりました。 | |
| [家族] | |
| 現在は妻と2人暮らし。2男1女はすでに独立、孫が3人います。 | |
| [一宮] | |
| 一宮市は私を育んでくれた大切な地元。父の代からの後援者の方々もたくさんおり、選挙の際は事務所を訪れてくださる皆さんを私自身が必ず迎え大切にしています。現在一宮市は38万人都市となりましたが、深刻な繊維不況は相変わらずで、繊維に次ぐ産業もなかなか発掘できず、何としても活性化へ向けて頑張りたいところです。 | |
| [政務調査費問題] | |
| 何かと注目を浴びる案件ですが、今年4月から3万円以上の領収書提出が決まったばかり。この1年じっくり検証して、さらなる見直しは来年度からおこなうべき。一気に進めるのは混乱の元になるばかりです。 | |
| [課題] | |
| “元気愛知”は平成20年度までの話。円高や燃料費問題等は当地区の産業を確実に圧迫し、来年度からは相当に気を引き締めていかねばならない。こうしたなか、国内外の企業誘致に力を入れる必要があると考えている。それにはできるだけ安価な土地を用意しなければ。いまは国の税制の過渡期で、後期高齢者医療制度や道路特定財源制度など課題は山積している。愛知県が県民に信頼してもらえる行政が実現できるよう議会を通して私なりに貢献できればと考えています。 | |
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名古屋ヒルトン社長 |
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平成20年3月、名古屋ヒルトン社長に就任。昭和25年生まれ、57歳。昭和49年慶応義塾大学商学部卒業、同年日本火災海上保険(現日本興亜損害保険)入社。国際部ロサンゼルス駐在員事務所長、福井支店長、国際部長、理事国際部長・中国企画室長、監査役事務局長等を歴任。 |
| [突然] | |
| 今年2月に前の会社の社長から社長就任の打診を受けました。突然だったので驚きましたが、ヒルトンと日本興亜損害保険はパートナーとして長い歴史があり、名古屋ヒルトンの社長も代々同社から就任していますのである意味納得の人事でもありました。ホテル業界ははじめてですが、気を引き締め挑んでまいりたいと思っています。 | |
| [バブル時代のロス] | |
| 昭和61年からロサンゼルス駐在員事務所長としてロスで4年間暮らしていました。当時はバブル景気の真っ只中で、日系企業のアメリカへの進出度合いは凄まじいものがありましたね。今となっては考えられない華やかなる時代でした。私はサンマリノという街で暮らしましたが、子供がまだ乳幼児だったので思うほど遊びにいけませんでしたね。 | |
| [中国企画室長] | |
| 国際部で中国に力を入れようということになり、平成17年に理事国際部長・中国企画室長として保険の元受け事業を本格的に展開できるよう、上海や北京によく出張していましたね。当時は日中関係がかなり冷え込んでおり苦労が多かった。ライセンスを取るのでさえ、突き返されたこともあった。中国攻勢は今も奮闘中のようですが、今後はアジア全体がターゲットになっていくでしょう。 | |
| [家族構成] | |
| 妻、2男1女の5人家族。今回は単身赴任。 | |
| [出身] | |
| 神戸生まれの東京育ち。 | |
| [ブランド] | |
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当ホテルの宿泊客は外国人が多く、ヒルトンのブランドで来てくださるお客さまが多い。このブランドに応えられるよう先人が残してくれたものを大切に、新たな挑戦をしていきたい。また宴会やブライダルは当地区在住のお客さまが中心ですから、ヒルトンブランドに2つ3つとさらなる付加価値を付け躍進を図ります。 ホテル業とは究極のサービス業、細かな心配りと真心で一人ひとりのお客さまを大切にしていきたい。 |
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不二サッシ名古屋支店長 |
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平成24年4月、不二サッシ名古屋支店長兼建材部長に就任。昭和27年生まれ、56歳。昭和49年不二サッシ販売入社。不二サッシ静岡支店営業グループ長、名古屋支店静岡営業所長、横浜支店長等を歴任。 |
| [出身] | |
| 静岡市。 | |
| [名古屋] | |
| 入社以降、約30年間静岡勤務だったので、名古屋に住むのは初めて。折々に街の様子は見ていましたが、特に名駅エリアの変化には目を見張るものがありましたね。企業の勢いも名古屋全体から滲み出るものがあった。名古屋に住みはじめて1カ月ですが、今のところ夏の暑さについていけるかどうかが心配です。 | |
| [家族構成] | |
| 妻、2女の4人家族。長女は結婚し独立しました。自宅は静岡。 | |
| [マーケット] | |
| 名古屋地区はマーケットとして非常に大きな魅力を感じています。関東の場合は高層マンションをターゲットにしていますが、名古屋は今後再開発や工場、病院が大きなターゲットになっていくでしょう。東京、大阪、名古屋を三大拠点とし、当社はこれから積極的な名古屋攻勢をかけていきます。 | |
| [業界] | |
| アルミサッシがメイン商品ですから、原材料の高騰で業界は非常に厳しい状況になっています。今後の課題は、いかに良い提案をしてお客さまに納得していただくか。われわれの提案力が試される時だと思っています。 | |
| [海外] | |
| かつてはマレーシアのクアラルンプール新国際空港やシンガポールのラッフルズシティの単独受注にはじまるビッグプロジェクトなどを手掛けましたが、いまはアジアの安価な労働力に圧され大変厳しい状況がつづいています。海外の生産・販売拠点はぐっと耐える時期を迎えていますね。 | |
| [本] | |
| 特にこれといった趣味はありませんが、推理小説が好きで学生時代から読んでいます。好きな作家は秘密。 | |
| [名古屋支店] | |
| おかげさまで全国区でも良い数字を挙げる拠点として認識されております。エリアは愛知、岐阜、三重、静岡と広いですが、岐阜も再開発が盛んで優良なターゲットがたくさんあります。先人の築いたものを守り、さらなる発展ができるよう邁進していきたいですね。皆のパイプ役になりながら、名古屋支店をもう一段上にあげていきたい。 | |