SERIES
姿子の読書日記
『秘花』 
瀬戸内寂聴著 新潮社 


『切羽へ』 
井上荒野著 新潮社 

 

『秘花』 
瀬戸内寂聴著 
新潮社 



 このなんともわずらわしい雨やたっぷりと水分を含んだ残響の中、相変わらずの凜とした涼しげな佇まいの彼。 
 さすが日舞での華、西川京志郎だ。 
 美しく優しくてスマート。 
 自慢の幼なじみで大親友である。 
 お互い時間が合えば、ふらっと食事や飲みに出かける。 
 “名古屋をどり”を間近に控えながらの先日もたまたま都合が合い「なかなか美味しいところ見つけたよ〜」と遅めの夕食のため和食店へ。 
 京志郎も色んなトコへ出入りするだけあって間違いない味覚。 
 旨い料理にはお酒もススミますなぁ〜。 
 彼はべらぼうに日本酒が強い。調子に乗って一緒に呑んでいると大変。 
 お守り役となってしまう京志郎が雑談の中、以前に能や歌舞伎と共に日舞も交ざりの公演があった時の話題となった。 
 全部鑑賞する側のド素人の私は大きくみて“日本の文化”的イメージなひとくくり。 
 京志郎いわく階級的な違いやらがあるらしい。 
 その証拠に合同の舞台の楽屋裏はあきらかに違うと言う。 
 能の楽屋ではシテ(主役)とワキがしっかりと確立していて、周りから準備をされながら目を瞑ったままじっと心を統一させてるシテ役の様子はまた別世界だと聞いた。 
 確かに能を観る時は、なんとも独特な幽玄な空気を感じるが…。 
 さて本書はその能の世界。 
 世阿弥の生涯を綴る。 
 物心つく前から父より観世一門のための教育を受け育った世阿弥。9歳で初公演を迎え、積み上げる稽古と華やかな舞台を繰り返す中で父の望むチャンスを見事につかむ。 
 当初17歳であった3代目将軍の寵愛をいっしんに受け将軍家をバックに都中の人気を手中にする。 
 その艶やかな舞いと雅やかな夜のかけひき。 
 先日、誰しもがカッコイイと認めるスポーツ選手との会話で 

「醜い様相の女性よりキレイな男性の方が良いかな〜」 

 なんて言葉が蘇る。 
 んん…男同士でも美しければ有りだよな〜 
 物語の中の世阿弥は話だけに留まらず数々の選びぬかれた恋をする。 
 様々な華々しい噂話。 
 適齢期になり将軍から下賜され夫婦となった椿。 
 しかし飛ぶ鳥落とす勢いのその後やがて差し始める影。 
 バックの将軍が若くして亡くなると、裏を返したように冷遇を受けるようになる。 
 御所入りも禁じられ、次々と重ねるように起こる出来事。 
 代を譲った長男を亡くし、60歳で出家。 
 さらに71歳にして佐渡の島へと流される。 
 業が激しい宿命を引き寄せ続けたような晩年。 
 それでいても80歳過ぎまで紡がれた恋。 
 の情愛があるからこそ描き留め舞えた能。 
 「秘すれば花なり秘せずは花なるべからず」 
 秘めるからこそ美しく魅せられ、秘めるからこそへだたれた範囲内で深くなるのが条理としたもの。 
 色恋、欲も力もしかり。 
 類い稀な波乱な人生を生きた世阿弥だが、不幸の判定もこれまた秘められた当人の胸の中である。 
 ただ“花を生む”幽玄美の能をこよなく愛した彼にとって今世まで受け継がれているたくさんの台本と能の存在はその魂を安らかにするだろう。 
 かの瀬戸内寂聴が描く文芸の裏の秘話。 




『切羽へ』 
井上荒野著 
新潮社 


 連休中思わず空いた3日間。 
 偶然が重なり休日なのに思いの外早起きしたその日。 
 急遽私の中で出かける感が盛り上がった。 
 早速旅行会社へ連絡してみる。行き先は今日午後から取れた飛行機チケット次第で帰りが明後日のところ。 
 縁があり出かけた場所は沖縄。 
 丸一日コマカ島という無人島でジェットや初ダイビングを楽しんだ。 
 電話攻撃で叩き起こしたうえ付き合わせた友人達もご満足のようす。終わり良ければ全て良し。 
 なんの計画性も無く行き当たりばったりで過ごした沖縄だがとても快適であった。遭遇した夏祭りや屋台のフルーツ店。 
 現地調達をした水着屋さんの親切なお姉さんやジェットのボードを筋肉痛になるくらい振り回してくれたお兄さん。 
 南の島の人達は一つ力が上手に抜けていて非常に楽チン。 
 国内ではめずらしく今度はもっとゆっくり来たいな〜と思ったステキなスポットであった。 
 さて本書の舞台は同じように本土から海を隔てた静かな島でのお話。 
 東京から連絡船でしか移動手段のない隔離された空間。 
 所々みかける廃墟な場所。 
 主人公麻生セイはこの島で生まれ画家の夫との二人暮らし。 
 島に一つしか無い小学校で保健室の先生を務める。 
 島の突端にある丘に建つ平べったい木造の校舎に生徒は9人。教師は校長先生と教頭先生、何かと噂の的となる友人である奔放な月江。 
 顔見知りの島の住人にゆったりと流れてゆく穏やかで沈むような毎日。 
 そんなある日突然転任してきた風変わりな石和聡。 
 彼の何か押さえ込んだまま逃げてきたようなところに惹かれ始め、秘かに異性を感じるようになるセイ。夫への愛が変わった訳では無い。 
 ただ気付くとどうしようもなく勝手に目が石和を追う。 
 いけない、そんなはずは無いと思いながらも止めようのない秘めた胸の内を繊細に綴る。 
 不倫と知りながらも想いの全てを注ぎこんでしまう月江の起こすトラブルを含め、大人の女性の、悲哀を含んだような切なさを絶妙に描写した一冊。